東京ニルヴァーナ
あらゆる意味でポジティヴにならねばと思わせた昨日のライヴ。この高揚感が、ライヴ準備進行中の我が身に余計な効果をもたらさなければいいのだが......しばらくまっすぐに行きます。明日は、これと好対照なライヴに行く予定だし。
◆ゆやゆよんワンマンライヴ@新宿motion (4/27)
昨年12月のルル網ライヴ(動員面でいまいちフルに伝えることが出来なかったのが心残り)を経て、大晦日フェスの短いステージでその底力を見せつけまくった三人組の初ワンマンライヴ。蓋を開けてみると、決して広いとは言い難いmotionの空間は人でいっぱい。ルル網ライヴ主催者としては悔しいけど、これでいいのだと最後にはほくそ笑む。
今年から洋楽のラウド系ロックにも広く親しむことになった(それもこれも、空耳シンドロームのおかげではあるが)丸芽だが、彼等の魅力を語る際、それは無関係で考えた方がいいと思う。純文学系ロックとか、ダンスコアとか、そういう形容さえも無意味にさせてしまう、独自の「空気」がある。このメンバーでどんな音楽を繰り出すか、そんな期待感も、音が鳴り出した瞬間「無」になる。先入観よりも、そこにあるというイメージ。だからこそ、歌姫目当てに出かけたライヴで彼等を最初に観た時、瞬時魅せられてしまったわけで。
「歌」の部分を担当するウエノ君とは、現段階でたった一度だけ、ルル網ライヴの打ち合わせで席を共にしたのだが、実に純真な文学青年という印象。そのまっすぐな考え方は詩となり、ロックとなる。その段階で最早クレバーなイメージはどこかへ行ってしまう。
バンドの音楽的屋台骨を握っているナカジー氏は、その見てくれからは想像できない(失礼)デリケートさをいつの間にかエネルギーに変えてしまう。
そして、ある意味「顔」であるドラマーのカナ嬢。最初のライヴの時、別バンドの演奏時にステージ前で熱烈な視線を送っていた女の子が、気がついてみればドラム・セットの前で髪を振り乱している。
ギャップだと思っていたものが、実はバンドの顔であり、そして主張である。だからこそ、出てくる音は天晴そのもの。
今回の初ワンマンは、それぞれのメンバーの魅力を個別に披露したステージの後、トリとしてバンドが登場するという意表をついたもの。
カナ嬢のショーアップ・センスは、チンドン屋によって育まれたという意表を突いた事実も、ここで初めて披露されたし(着物色っぽい!)、ナカジーの音楽的計算深さが爆発したビッグバンド・ステージも圧巻だった。ライヴハウスのステージ上に10人を越すミュージシャンがいるというのも凄かったが、イケイケ系歌姫の魅力を異なった視点から引き出したアレンジ力に圧倒された。ルル網周りの歌姫何人かも、一度は彼の恩恵に授かるべきなんではないかと。そして、ウエノ氏の壊れたインダストリアル+ラップ。シニカルな面持ちながら、結局はユーモアが後味として残ったのが、絶妙のイントロとなったと思う。
そうこうを経て、待望のバンドのステージ。前半では内省的な曲を畳み掛けて、一瞬クール・ダウンさせつつ、後半の大狂乱へと導く。どんなにモッシュの渦の中にもまれようが、基本的には幸せな気分である。その場にいることが幸福なのだ。ネガティヴな気分を音楽の中で裏返しにしつつ、そこにいる全ての人に振りかけるパワー。壊れそうで壊れることを知らない。だからこそやめられない。グランジ以降のロックの持つ破滅的気分なんて、微塵も感じさせない。まさに孤高の存在である。ファン層も他のバンドと一線を画してるという感があるし。
是非、孤高さでは双璧だと思う、春風堂と対バンしてほしい。いや、何とかせねぱ。歌舞伎町の夜はいつになくさわやかな空気に満ちていた。
◆ゆやゆよんワンマンライヴ@新宿motion (4/27)
昨年12月のルル網ライヴ(動員面でいまいちフルに伝えることが出来なかったのが心残り)を経て、大晦日フェスの短いステージでその底力を見せつけまくった三人組の初ワンマンライヴ。蓋を開けてみると、決して広いとは言い難いmotionの空間は人でいっぱい。ルル網ライヴ主催者としては悔しいけど、これでいいのだと最後にはほくそ笑む。
今年から洋楽のラウド系ロックにも広く親しむことになった(それもこれも、空耳シンドロームのおかげではあるが)丸芽だが、彼等の魅力を語る際、それは無関係で考えた方がいいと思う。純文学系ロックとか、ダンスコアとか、そういう形容さえも無意味にさせてしまう、独自の「空気」がある。このメンバーでどんな音楽を繰り出すか、そんな期待感も、音が鳴り出した瞬間「無」になる。先入観よりも、そこにあるというイメージ。だからこそ、歌姫目当てに出かけたライヴで彼等を最初に観た時、瞬時魅せられてしまったわけで。
「歌」の部分を担当するウエノ君とは、現段階でたった一度だけ、ルル網ライヴの打ち合わせで席を共にしたのだが、実に純真な文学青年という印象。そのまっすぐな考え方は詩となり、ロックとなる。その段階で最早クレバーなイメージはどこかへ行ってしまう。
バンドの音楽的屋台骨を握っているナカジー氏は、その見てくれからは想像できない(失礼)デリケートさをいつの間にかエネルギーに変えてしまう。
そして、ある意味「顔」であるドラマーのカナ嬢。最初のライヴの時、別バンドの演奏時にステージ前で熱烈な視線を送っていた女の子が、気がついてみればドラム・セットの前で髪を振り乱している。
ギャップだと思っていたものが、実はバンドの顔であり、そして主張である。だからこそ、出てくる音は天晴そのもの。
今回の初ワンマンは、それぞれのメンバーの魅力を個別に披露したステージの後、トリとしてバンドが登場するという意表をついたもの。
カナ嬢のショーアップ・センスは、チンドン屋によって育まれたという意表を突いた事実も、ここで初めて披露されたし(着物色っぽい!)、ナカジーの音楽的計算深さが爆発したビッグバンド・ステージも圧巻だった。ライヴハウスのステージ上に10人を越すミュージシャンがいるというのも凄かったが、イケイケ系歌姫の魅力を異なった視点から引き出したアレンジ力に圧倒された。ルル網周りの歌姫何人かも、一度は彼の恩恵に授かるべきなんではないかと。そして、ウエノ氏の壊れたインダストリアル+ラップ。シニカルな面持ちながら、結局はユーモアが後味として残ったのが、絶妙のイントロとなったと思う。
そうこうを経て、待望のバンドのステージ。前半では内省的な曲を畳み掛けて、一瞬クール・ダウンさせつつ、後半の大狂乱へと導く。どんなにモッシュの渦の中にもまれようが、基本的には幸せな気分である。その場にいることが幸福なのだ。ネガティヴな気分を音楽の中で裏返しにしつつ、そこにいる全ての人に振りかけるパワー。壊れそうで壊れることを知らない。だからこそやめられない。グランジ以降のロックの持つ破滅的気分なんて、微塵も感じさせない。まさに孤高の存在である。ファン層も他のバンドと一線を画してるという感があるし。
是非、孤高さでは双璧だと思う、春風堂と対バンしてほしい。いや、何とかせねぱ。歌舞伎町の夜はいつになくさわやかな空気に満ちていた。


